読解力低下の原因って何?読書量減少?スマホ依存?だけではなさそうだ⁉

読解力低下の危機は以前から取り上げられていることであるが、どうして低下していくのか。学校のカリキュラムやネット社会にも問題があるようだ。

PISAの調査によると、少しずつ回復してきた日本の子どもの学力レベルであったが、今回の調査では、読解力低下が取り上げられている。だんだん上がってきたPISAの順位であったが、どうして読解力が落ちたのか?

それはそんなに大きな問題とはいえないのではないかという論評ももあるが、以下のように、確か読解力だけ落ちたということになる。

出所)文科省「OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」

文科省は、読解力の調査結果を次のように記している。

  • 読解力の問題で、日本の生徒の正答率が比較的低かった問題には、テキストから情報を探し出す問題や、テキストの質と信ぴょう性を評価する問題などがあった
  • 読解力の自由記述形式の問題において、自分の考えを他者に伝わるように根拠を示して説明することに、引き続き、課題がある
  • 生徒質問調査から、日本の生徒は「読書は、大好きな趣味の一つだ」と答える生徒の割合がOECD平均より高いなど、読書を肯定的にとらえる傾向がある。また、こうした生徒ほど読解力の得点が高い傾向にある

この結果から、読解力についてどんな力が足りないかというと、

  • 資料を的確に読み取る力
  • 資料から情報を探し、それらを結び付けて考える力
  • 自分の考えを相手に伝わるようにきちんと理由付けをしながら述べる力

以上の点が解答の結果から得られる課題となる不足している力となる。

理数系の結果は、前回と同じようにトップクラスにあるので、読解力だけが下がったとみられている。読解力というと、国語力という捉え方が一般的であるが、文章の読み取りだけが読解ということではない。

図やグラフ、写真など文章以外の資料でも、それをどう読み取るかということも大事な読解力であるから、国語力だけをとらえていると、偏った見方になってしまう。

もちろん、言葉や文章を的確に読めないと理解はできにくいものであるから、文章読解力を中心に教育していくということは今までと変わらない基本的な課題であろう。

さらに、読書については日ごろから読書に親しんでいる子どもは読んでいる本がだんだんレベルアップしていくので、語彙力や読解力も向上していくとみられているので、

読書に親しんでいない子どもは読解力はなかなかつかないということになるだろう

読書については、読書量は決して少ないわけではないが、読書をする習慣がある子どもとそうでない子どもの差が大きいことが原因の一つであることは間違いないだろう。

読んでいる子は点数が高いのだから、できる子はできるができない子は全くできない。中間層がいないということになる。二極化しているということではないだろうか。

学校でも読書の時間は大事にされているが、学校の読書の時間などわずかなもので、それで読書量が確保されているとは言い難い。

読んでいる子は家でも読んでいるから、文章に慣れていくということだろう。

学校は、勉強を教えてはくれるが、習熟させる時間は少ない。毎日、新しいことを教えているけれど、それを理解し、自分のものにしていく時間は家庭である

これが成立していない子どもは学力は上がっていかない。

読書も同じである。さらに、勉強は難しくなるほど、レベルアップするのだから、できることを繰り返していても、レベルは上がらない。

読書も同じで、楽な文章ばかり読んでいても、子どもの読解力は上がらない。小説でも論説でも難しいものを読めるのは、慣れているからだ

はじめから読めるようになったのではなく、読んでいるから読めるようになる。

読書しているけど読解力はつかないのは、楽な文章の本しか読んでいないからだろう。楽なことは快いが成長はしない。

国語力というのは、本当に鍛えにくくて、問題を解くための方程式があるわけではない。読んで理解して、自分の考えを述べるということは、文章によって内容も違うし、出てくる言葉も違うなら、そういう文章に慣れていないと理解できないということになる。

さらに、作文力も必要だ。書き言葉と話ことばは違う。作文力で大きな差が出るのは、言葉をどれだけ知って使えるようになっているかである。

作文力のない子どもに共通しているのは、言葉を知らないことだ。思いや情景を表す言葉が少ないのである。知っているけれど出てこない。それは、使い方に慣れていないからなのだ。作文も慣れなのだから、練習していなければ、できない。

では、こうしたことが公立の学校でどのくらい取り上げられて、習熟させるほどに時間を確保できているかというと、たぶんほとんどないであろう

その理由は、学校のカリキュラムが増えて、教える内容が多くなり、授業時間が足りない状況になっている。じっくり取り組むことは難しい。

教師一人の仕事量も増え、教材研究などの授業準備の時間は十分に取れない。子どもの数が減り、教員の数も減ることで、学校運営上、一人当たりの仕事量は増えてしまった。

教員を確保するために、非正規の教員などを増員しているが、そもそも勤務時間に制約のある非正規の教員では仕事量を改善するほどの効果はまだ少ないのではないか。

もっと、基本的な教員増員をして、学校の運営を組織で果たせるようにしないと結果はでてこないだろう。

まだ、日本の教育は、教師一人の力量だけに頼っている感がある。

一斉指導型の授業が日本の学校のスタイルで、このスタイルを変えることはできない。それは、教える内容が多すぎてとても消化できないのだから。アクティブラーニングという新たな学び方が登場したが、テストされていることは、変わりない。

受験生にとっては、学び方など関係ない。問題を解けるようになればいいのだから、PISAのような問題がいつも取り上げられていない。

そもそも、日本の試験内容が変わっていないのだから、学校教育も結局受験の内容にシフトしていくのだ。

学校体制をそのままにして、新しい取り組みするのは難しい。

英語や道徳を教科にするとかプログラミングを教えるとか、文科省は考えがあって実施してきたことだが、その受け皿の学校は指導要領の縛りの中で四苦八苦しているばかりだ。

学力低下とか読解力低下とか当然の結果だろう。

さらに、受験体制ははっきり言って、変わっていない。問題を解く方法を覚え、その練習をしていく。覚えたことをどれだけ正確に答えることができるかだ。

中学も高校も、中間テストに期末テストと、テスト勉強ばかり。

読解力をつけるような学習ができる学校があるだろうか。

やっている内容は覚えることがほとんど。いかに覚えるかが重要なのだから。

活用力といって内容は変わってきたが、そのための学校体制は変わっていない。根本的な問題を改善しない限り、読解力の向上は、学校教育では今のところ難しいのではないだろうか

また、調査の中には、生活や学習についての背景を探ることができる質問があり、その質問の回答から、つぎのようなことが見えている。

  • 社会経済文化的背景の水準が低い生徒群ほど、習熟度レベルの低い生徒の割合が多い傾向は、他のOECD加盟国と同様に見られた。
  • 生徒のICTの活用状況については、日本は、学校の授業での利用時間が短い。また、学校外では多様な用途で利用しているものの、チャットやゲームに偏っている傾向がある。

これらは、今の世の中の状況が読解力低下に影響しているということではないだろうか。

貧困の格差が広がり、小さな子どもの時から経済的に豊かでないことから、幼いころの子育てに手が入らず、家庭での教育が機能していないのかもしれない。子どものうちの知的な好奇心を育てられずに就学してくると、なかなか学習には取り組めなかったり、話が通じないことがあったりしてますます学習への意欲が減退してしまうのだ。

ネットの世界をよく知っている子どもたちであるが、情報を得ることばかりで、ICTを活用して学力向上しているということではないだろう。

SNSの使い方には慣れているが、それは、自分の関心のあることにしか関わろうとはしないようだ。情報があふれていても、その情報を常にキャッチしているわけではない。

SNS上の会話は、単調で想像させるような文言は少なく、ストレートでわかりやすいが、言葉を多く知らなくても通じ合ったり、理解できたりする。

言葉を吟味するということがなくなっている状態ではないだろうか。

スピード化もそれに拍車をかけ、長いメールは嫌われ、短く端的に伝える。しかし、何度も何度も繰り返されるメール配信。

日常生活に読解力を必要とするものがなくても生活できるのだ。新聞も読まない。長い文章はめんどくさくて読んでくれない。そんな社会が学力を向上させるとは思えない。

PCの扱いに慣れているかのようで、それはキーボードで文章を送るとか、書くとかいうことは少なく、マウスでクリックする操作が主な使い方だろう。これでことが足りるのだから、文字など書く必要などない。

ゲームやYouTubeで楽しんでいる傾向が高いので、家庭にPCがあっても有効活用されているとは限らないだろう。

学校のICT活用は学校のみの世界にとどまっているのかもしれない。

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