教員免許制度は見直して更新制度は廃止して!現場は困っている

教師が先生になるのは机の上の勉強ではどうにもならない。現場で学ぶことの重要性だ。だから、学校自体が健全な環境にならないと教師は育たないと思うのだ。

教員免許の更新を怠ったために、教員が失職する事例が相次いでいる。文部科学省によると、2020年度に免許を失効し、すぐに再取得した教員は少なくとも24人いた。「うっかり失効」と呼ばれ、09年度に始まった更新制度の理解不足が一因だ。再び教壇に立てる保証はなく、学校現場にとっても大きな負担になっている。文科省は制度の見直しを検討している。  熊本市では昨年11月、市立小学校の50代男性教員の免許失効が明らかになった。市教育委員会の発表によると、校長、教頭に次ぐナンバー3の主幹教諭。免許の期限は昨年9月末までだったが、主幹教諭は更新のための講習を免除される対象で、受講しなかったという。  ところが、男性は講習免除のために必要な県教委への事前申請をしていなかった。教頭が11月に気づいたがすでに失効していたため、男性は失職し、退職金が支払われた。  市教委によると、男性は昨年12月までに約30時間の講習を受けて免許を再取得し、別の学校の臨時教員になったという。市教委の担当者は「新卒と同じ扱いになり、本人も学校も大変ショックを受けた。救済措置がないのは気の毒だ」とため息をつく。
引用:朝日新聞

またも馬鹿らしいことが起きてしまいました。

失効してしまったこの先生は気の毒です。はっきり言って免許を失効する理由になるのでしょうか。

教員の免許更新制度が始まる前から全く必要感を感じない形だけのものだと思っていましたが、本当にそうだと思います。

実際に私も受けました。文科省はこれで安心しているのでしょうか。それとも、こうした時間を契機にして精進しなさいとでも言いたいのでしょうか。個人的には、この受講で何か変わるとは思えませんでしたね。

現実問題として、学校が休みの時しか受講は可能ではないのです。学級の子どもたちを他の先生に任せると言っても、そういう代替えの先生などいるわけがありません。

自分が休むと他の先生方にその負担はのしかかります。授業だって、進めることはほぼできないのです。ずっと自習か専科の授業なら大丈夫ですが、代わりの先生が突然入って授業ができるほど、簡単ではないのです。

小学校の学級担任制とはそういうデメリットもあるということは意外に知られていないのですね。

ですから、子どもたちが休みの夏休みをフルに使ってこの更新制度をやり遂げてしまおうとします。

しかし、夏休みと言っても学校は休みではなく、校務もありますし、学校の当番の仕事もあります。

先生は休みでいいですね、なんて思われていますが、普段の激務を考えれば、子どものが登校しない分少しは楽なだけで、夏休みを本当にとってしまって仕事をしないでいたら、自分の首を絞めるだけです。

さて、そんな夏休みに丸一日受講して簡単なテストだったり、レポートを提出して、ようやく1単位取得です。それを10単位するのですから、休み中10日間必要ということです。

ですから、夏休みにまとめて取るとなると時間の確保も必要ですが、受講できる内容も大学などの機関によっては自分に必要な内容があるとは限らないので、夏休みにまとめて全部取るとなると、他県に出かけて受講することもあり得ます。

実際に他県から受講されている先生もいました。普段の授業をつぶしてまで受講することが負担になるのです。自分の時間を使ってでも免許のためにお金も時間も犠牲にしないと乗り越えられない本当に困る制度だと思っています。

 

そもそもどうしてこんなことが必要なのか、指導力のない先生が多くなったとか、新たな教育の考え方についていけない教師が多くなったとか、少子高齢化で若い先生たちが少なくなり、高齢化した頭の固い先生の学級崩壊が多くなってきたことからなのか、なんだかいろいろな原因らしきものは考えられますが、それをこうした免許更新制で解消できるとでも思っていたのでしょうね。

答えはNOでしたね。

実際に受けた受講内容は、ある単位は必須内容として誰もが受講して学んでほしい内容なのでしょう。児童生徒理解のあり方や支援教育の在り方、あらたな教育理論などを取り上げています。でも、これを受講したからと言って、教師の資質がすぐに上がるとは思えません。普段から先生たちは研修の場を大事にしているので、学校でも全員参加で校内で研修を実施しています。そういうものと比べて、個人的に情報が増えるということはありますが、教師の資質が向上するかというと疑問です。

選択受講する内容についても、自分の専門の分野を受講することもできますし、何でもいいのです。そういうことで免許が更新されるというもの何か変な感じです。

確かに新たな情報や知識を得ることで子どもたちへの指導に生かされることはあり得ますが、時間をかけ、お金をかけ、迷惑をかけてでも実行するほどの内容とは思えませんね。教師の業務の性質から考えて、なんで教師の免許にこういう縛りをつけるのでしょうね。

いま、コロナで看護師が不足していて、募集していますが、看護師がもしこういう制度になっていたら、もう失効していますからダメですということですよね。

教師にもあり得ます。代替教師や産育休の臨時採用など、人手不足の学校現場ですが、更新してないからダメということになりますね。

辞めていたならわかりますけど、現職でいる教師がわざわざ受講しないといけない制度なんておかしいですよ。

 

ただ、先生というか教育はなんでもいいことは否定しにくい傾向です。ですから、いいと思えば何でもカンでも取り入れて、結局身動きが悪くなったり、消化不良になっているのです。

この免許更新制度の受講内容もいい内容には間違いありませんが、なくても全く問題ないです。教師の資質がそんな受講ごときで変わるほど簡単ではないです。

それでよくなっていたら、日本の教育はとっくの昔にもっといい授業や学びを実現していたことでしょう。

誰かのせいにしても仕方のないことですが、この免許更新制度は百害あって一利なしと例えた方がおりますが、その通りだと思いますね。

こんなことに時間を費やすなら、明日の授業のために教材研究に当てたほうが指導のスキルも上がりますし、子どもたちの学力向上に大いに貢献できます。

少なくとも、時間のない学校現場にとっては、そんなことやってる場合ではないということです。いわゆるスキルのあるできる教師を目指すのであれば、日々の学校の勤務を子どもたちの学力向上や生活態度の向上になるように、学級事務の時間を毎日確保してあげることではないかと思っています。

今の学校現場では、教師が少なく、仕事は多くなっている傾向です。それなのにですよ。

先生たちには、仕事ができるようにするにはこんな免許更新制度は愚の骨頂でしょう。

 

そもそもなんだかんだと学校現場にいろいろなものを詰め込みさせておいて、今度は英語だのプログラミングだの、もう無理なんですよ。

読書もいいし、外国語も大事だ、総合もいいと思う、道徳は欠かせない…もう時間に余裕なんかありませんよ。子どもも学校を休んだら、次の日の授業にはついていけないくらい猛スピードで学習が進んでいます。と言っても、理解できているかというとそうではない、反復していたらカリキュラムが一年間で終わらない。軽重付けて授業してもぎりぎり何とか終わるという感じ。行事が入ってきたり、ちょっと学級独自の活動なんてやっていたら、大変なことになってしまうのですよ。

 

免許更新制はすぐに廃止してほしいですね。先生たちが質のよい授業をしたり、子どもに適切に対応することができるようになるには、いらないことを捨てることです。

あの近藤麻理恵さんの収納の考え方をもとにしたら、この教員免許更新制度は、全くときめきません。

だから、さっさと捨てる。学校の先生たちがもっと元気に明るくなって、子どもたちに質のよいサービスを提供できるようにするには、あれもこれもというのをやめましょう。

 

萩生田大臣が、昨年、この教員免許更新制度についてすぐに見直しをしていくという考えをしていました。国家資格にしたほうがいいということも言っています。

でも、一度作ってしまったことをやめるということに、上の方々は賛成しません。これによってどんな成果が出るのかわかるまでやるつもりかもしれません。

本当に実に迷惑な法律ができてしまったということです。

学校の校内研修や教育委員会ごとの研修で十分に解消できることです。文科省などのトップダウンで降りてくる内容がもっとなくなれば、学校は正常化に一歩前進するはずです。

「いいことだからやめてはいけない」という間違った思いを捨てて、早く身軽にさせてほしいと思いますね。

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