コロナウイルス感染で日本の対応は非難されて当然⁉プロアクティブの大切さとは?

失敗や挫折をなくすことは難しい。しかし、構えがあるなら、ちゃんと対応できるはずだ。

コロナウイルスの収束はいつになるのか、見通しはついていない。

北海道は感染者の報告がいったん収まったかのようであるが、日本全体では感染者の報告が続いている。

世界的にも収まりようのないコロナ感染であるが、日本が頭を悩ませていることの一つがオリムピックを控えているからだ。

これがもしも中止となってしまったら、大変なことである。選手はもちろんであるが、経済的な損失は計り知れない。

危機的状況の中で、マイナス面が改善されていかないと、ついつい人は誰かのせいにしたくなるが、それはよくないことだ。

しかしながら、今回の感染予防対応については、政府の初期対応が甘かったのでないかという声は少なくない。

日本の対応は非難されているが、そもそも緊急事態に対応する体制ができていたのか?

コロナウイルス対応から、私たち一人一人がするべき積極的な行動ということについて考えてみた。

なぜ、中国のお隣の台湾は感染を食い止めることができたのだろう?

世界各地で感染者が増える中、中国のお隣の台湾は増大な感染の予想を覆して、ほぼ感染していないといっていいだろう。

その理由が、以下の記事からうかがい知ることができる。

 各国の新型コロナウイルス感染症 COVID-19 への初期対応が振り返られるなか、台湾の感染率の低さ(3月8日までに45件)が注目されている。中国との関係性から人的な往来が盛んであり、感染者数が世界第2位になるだろうという周囲の予測を完全に覆したことは学術的にどう評価されるか。権威ある米国学術誌 JAMAに米スタンフォード大の王智弘 准教授(Dr. Wang)らが執筆した「台湾のCOVID-19対応」が掲載された。
米国の金融関連メディア TheStreetには、Dr.Wangに対するメールインタビューが掲載されている。台湾の45件という発症数が検査数不足ではなく初期の予防対策に由来するとDr. Wangは強調する。いち早く開始された渡航者の検疫とそれを支えた電子システム、国民健康保険と統合したビッグデータ解析、渡航歴や臨床症状からの感染リスク分類、隔離措置、マスクなど防護設備・各種医療資源の適確な配分、国内への公衆衛生教育と周知など、全方位的な施策が台湾では有効に機能した。

引用:The medical AI Timesより

台湾は、政府の対応が早め早めの行動をしたということだ。

医療機関も政府も自治体もみんなが足並みをそろえて、行動できたこと。

最も大事な点を的確にとらえて、集中的に取りんだこと。

決断を早くして、すぐに実行したこと。

これらのことをやるには、それだけの備えがあったということだろう。

さらに、何をどうするかを、余計なことにとらわれずに優先的に実行したことだろう。

この辺が、日本のコロナウイルス対応との決定的な違いだろう。非難されても仕方ないか。

日本のコロナ初期対応は非難されて当然なのか?

政府がコロナウイルス対応の対策本部を開いたときに閣僚が欠席していたという失態、ダイヤモンドプリンセスの隔離も対応がずさんであった?など、首をかしげたくなる対応で信頼を欠いている。

体裁ばかり気にして、大事なことをないがしろにする日本人のマイナス面が出ているように思う。

リーダーに危機管理意識が薄い日本⁉

島国という地理的環境からか、外国で起きていることはすぐには関係がないととらえてしまう面が日本人にはあるのだろうか。

政府の要人も国民的な感情と同じなのはいいが、リーダーとしてのレベルがどうなのか。

新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は2月16日に対策本部を開きましたが、小泉環境大臣、森法務大臣、萩生田文部科学大臣は地元の行事などに参加するため、対策本部を欠席しました。また、大規模なイベントなどの開催の自粛を要請した2月26日に、地元で政治資金パーティーを開いた秋葉総理大臣補佐官は、直接注意したことも明らかにしました。一方、西村経済再生担当大臣、竹本科学技術担当大臣、北村地方創生担当大臣の3人は、2月25日に政府の基本方針が示されたあと、自民党の衆議院議員のパーティーに出席していました。

引用:NHKニュースWEBより

突然のことでも、優先順位としてとらえられていないという事実だ。これは、個人の意識の問題ではないだろうか。政治家として何が大事なのかは、私は深くは知りえていないが自分の立場を考えれば、そんなことは容易にわかるものだろう。

それすら判断できないということならば、大事にしていることがずれている。政治家の資質の問題と思ってしまう。

手かせ足かせが多く、前例にこだわり、速攻ができない日本⁉

とにかく、日本という国のいろいろな仕組みはあまり使いやすくできていない。何かをするにしても、それを取り仕切る人の利益ばかりを気にして、大事なことが後回しにされるようだ。

ダメなものはダメ、いいことはどんどん取り入れよう。ということができにくい国かもしれない。

次の記事は根本的に日本がコロナウイルスについて対応できにくい国であるということがよくわかる内容だ。

大量検査をする能力も無く、感染者を病院に収容する能力も無く、無症状者や軽症者は自宅隔離・自宅療養で対応するという柔軟性も無い、というのが実態だろう。日本で自宅隔離・自宅療養を導入したらただの自宅放置になりかねない。こういう実態を隠そうとして失敗しているのだから二重に愚かしい。

そもそも日本にはアメリカや韓国のような、独立した権限を持つ感染症対策の専門組織である疾病予防管理センター(CDC)が無い。

ダイアモンドプリンセス号の件で醜態をさらしたように、感染症が発生した状況でシステマチックに感染症の専門家が迅速に対応に当たる体制が確立していないため、厚労省の役人と散発的に参加する専門家で行き当たりばったりな対応にならざるを得ない。しかも全てが厚労省の管理下にあるため、専門家が何を提案しても厚労省が受け入れなければそれまでだ。

大量検査は政府が「やろう」と決めても容易に導入できるものではない。複雑な衛生設備、検査を実施する人員、採取されたサンプルを検査する人員、需給状況を管理するITシステム、検査に必要な材料の確保、スムーズなロジスティクスなど、入念な企画・準備が必要だ。こうしたボトルネックを解消できずにまごつくその間にも感染は広がる。

韓国はCDCが中心となっていつかパンデミックが起こるであろう事態を想定して、時間をかけて準備を整えていたといえる。

引用:Yahooニュース 古谷有希子氏より

 

日本の対応はどうであったのか、非難されてはいるが、今のところ確かなことは言えない。しかし、今回の政府のコロナウイルス感染の対応を振り返ると、普段の私たちの生活の中にも、日々の仕事の中にも、何をどうしていくことが大事なのかをちゃんと考えていかないといけないことに気づく。

備えあれば憂いなし

「天災は忘れたころにやってくる」

この言葉は、先人の教えのように私たちは耳にしてきたが、正しくはこの言葉ではないようで、過去の記録をきちんと残しておくことは将来のためや後々の人たちのためになるから大事にしないといけない。そして、それを生かしていかなければならない。

ということだそうだ。

殊に、災害などの記録はいつどこで何が起こり、どうしてきたかということが忘れ去れてしまう。だからこそ、過去から学ぶということが大事ということだろう。

災害の対応は、大体がうまくいかない。

パニックになりやすい。何がどういけないのかがわからない。すぐに手が打てない。

高く評価されている、台湾の対応は、過去のSARSの対応を反省して構築されたものだったらしい。

備えあれば憂いなしの言葉のように、将来を見据えてきちんと準備をしておくことがピンチを乗り切る方法なのだろう。

進学、仕事、人生…将来のための生き方をしよう⁉

先人が生き方として何を大事にしていかないといけないのかを教えてくれていることに頭が下がる。

コロナ感染の対応についての教訓をいずれ感じることがあるとすれば、それは大きな学びとして生かされることだろう。

先人は生き方をいろいろと教えてくれているが、そんな教えを印象的な言葉で残している。

今を生きる私たちは、日々平和な中に生きていてそれを当たり前に生きているが、何か思うようにいかないことは必ず起こる。

先に亡くなられた野村克也監督は、「勝ったときは何で勝てたのかはわからないことはあるが、負けた時は理由は分かっている。」と述べている。

野村さんは、相手選手のデータを細かく分析し、どうしたら攻略できるのかとか、どうしたら打たれずに済むかなどを徹底して取り組んだ。

多くの優勝のみならず、弱小チームを勝てるチームに育て上げた人でもある。

そんな野村さんの野球は、「負けない野球」だったそうだ。

勝てるときは相手チームの失策や偶然が重なることがあるが、負けないためには、自分たちが失敗をしないことなのだそうだ。

そのためには大事なことがある。

それが普段から準備しておくということだ。

事態が想定されていれば、その対策をとっておけばいいのだ。ただし、その対策の仕方が重要である。

野村さんの言葉を借りるならば、「負けない」ためにどうするかだ。

仕事なら、仕事ができなくならないために何をしておくかだ。

お金を稼ぐことはいいが、どうして稼げているかを考えないといけない。

お客様がまた買ってくれるものを作るのか、どんどん売れるものだけ作ればいいのか。利益の出し方はさまざまであるが、ここで大事なことは…

何のためにそれをしているかということ

受験勉強は大事であるが、高校や大学に入ることが目的ではないはず。その先にある何かに注目していないなら、目先のことにだけとらわれて、大事なことを見ていないことになる。

だから、いざとなると後手後手になるのだ。

あくまでも、これは例である。人生の生き方をこうしようといっているわけではない。人生の目標がないことを否定しているのではない。

将来とかちょっと先の人生に向けて、準備をしていこうということだ。

定年を控えている人ならば、なってから考えるのではなく、その前から準備をしていったほうがいいと思う。

少なくとも、行き当たりばったりよりは、堂々とした生き方ができるのではないかと思う。

まとめ 積極的に行動する(プロアクティブ)を大事に

学校の話になってしまうが、子どもたちの生活を指導していくために生徒指導や生活指導が行われている。

この生徒指導は、ややもすると何か起きてから動き出すことが多いが、指導するうえでは、こんなマイナス面が起きることが想定されるなら、こんなことを事前にやっておこうという対策的なことだ。

これを積極的な生徒指導といっていた。

子どもたちに投げかけることもあったり、事前の指導や学習をしたりと、取り締まるというよりも環境を整えるという感じがあった。

事が起きてから行動するのを消極的な行動とするならば、

  • プロアクティブ…何かが起きる前に積極的に行動する

このプロアクティブを大事にしていきたいと思う。

世界ではどうなのかわからないが、何か起きてからじゃないと行動しないという感じが多いように思う。

前例がないとか、まだ大丈夫だとか言って、行動しない。

日本の政府コロナウイルス対応を非難しても仕方ないが、せめて個人の私たちとしては、積極的に行動することでいざというときにしっかり対応できるようにしたいものだ。

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